プロフィール

イタリア
 1999年夏、家族で訪れました。飛行機は旅費の関係でシンガポールの経由便にしたため、シンガポールにも立ち寄ることができました。ミラノでは、地元商業振興のためのアーケード通りだという「ガレリア」見、各街の中心に建つ「ドゥーモ」より高いものを建ててはならないことを聞き、「まちづくり」に対して考えさせられるものがありました。
フィレンツェにて
フィレンツェ
ベネチアにて
ベネチア

スペイン スペイン・アンダルシア地方にて

1996年6月、夫婦でアンダルシア地方を中心に旅行しました。イスラムの影響が強い同国。ですが、道行く人々は「オッラ」と親しげに挨拶し合います。イタリアでもそれは同じで、「チャオ」と親しげです。現地の人の過ごし方、昼は「シエスタ」で昼寝しまた仕事に行く、という習慣など、とても興味深いものがありました。
*私の従姉妹がスペイン人の弁護士と結婚し、2000年夏に京都へご主人と遊びにきました。バスク地方に住んでいる彼らは「日本は新幹線が高い!物価が高い!」と驚いていました。

中国
中国・瀋陽にて 知事選挙後の2002年6月、「大連と瀋陽」に夫婦と82歳になる義母の3人で、3泊4日の旅に出掛けました。大変美しい街、大連では、人と車の多さに驚かされました。「市場経済から社会主義をめざす」エネルギーを感じました。(義母は23歳から28歳までの間、瀋陽に住んでいました。)
瀋陽では、当時義母が暮らしていたアパートが奇跡的に残っており、現在の居住者である中国人の若夫婦が親切に中を案内してくれました。「当時、私たちはあなた方の国を土足で踏み荒らしているという思いはありませんでした。その頃のことを許して欲しい、そしてこれからも皆が仲良くできるよう、平和な国であるように・・」と通訳の方に自然と語っている義母の姿を見て、「一緒に来ることができてよかった」と思いました。
*亀岡で毎年行っている「平和のための戦争展」は今年、「エッちゃんのせんそう」を上映しました。その準備過程の中で、「中国から引揚げてきた人の話を聞こう」と実行委員長である、三上悟さんからお話がありました。その寄り合いに母を連れて行った帰り、「82歳になって元気なうちに一度でいいから瀋陽に行きたい」と言葉をもらしたことが、この旅行に行くことになったきっかけでした。
 

 
©2002- Takashi Baba All rights reserved.